福岡は今日も雨

情報系大学生のブログ。主に技術,音楽について。

流鏑馬VRとその反省

大学の課題で,「決められたグループで外国人が日本の伝統文化/大衆文化を楽しむことができるインタラクティブインタフェースを作れ」というものが与えられ,僕たちは流鏑馬を体験出来るゲームを作ろうという話になった。

 

いくつかのハードウェアから選択する必要があり,僕たちはKinectを選択することにした。Kinectなら手の開閉も検知できる上に,関節の動きも検知できるとのことで流鏑馬に適切だと思ったからである。どういう風に作っていくかを検討していくうちに,先生と相談をしてUnity5を使うことにした。僕はAI/機械学習寄りの勉強をしていて,Unityはこれまで一切使ったことはなかったのだが,1週間で本を一冊勉強することでなんとか作ることができるという段階にまでは持っていくことができた。Unityはとても直感的に分かりやすく,使っていて楽しいツールだと思う。

 

なんとかKinect + Unityの部分は完成した。とは言っても,Kinectとの連携は粗末なものであった。ここが今回の僕の一番の反省点である。KinectWindows sdkのUnity packageを利用して開発していたのだが,ボーンをうまく認識することができず,手の開閉に関しては不可能であった(とることにはとれるのだが,たまに検知するレベルで,使い物になるレベルではない)。だから,最終的には両手をある一定以上広げた時に弓矢が発射するような仕組みにした。今から思えば,ツールを変えてでもこの部分はしっかり作りこむ必要があったと感じている。カメラもOKであったので,OpenCVを利用して右手と左手になにかつけておいてそこで検知するなど,やりようにはいくらでもあったのに,ここで手を抜いてしまったことがゲームとしての品質に影響を与えたものと思う。

 

Kinect+Unityが終わったところで,「これはVRにすると面白いのではないか。馬に乗っている経験などは中々味わえないし、やってみよう」と感じ,オプションで使用可能であったOculus Riftを貸してもらい,VR開発を行った。とはいっても,Main CameraをVRに対応させて,あとは微々たる調節を終えるだけでVR化することができ,2週間+ちょっとかけて,なんとか完成させることができた。

 

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つい先日,最終課題の発表会が行われた。

プレゼンをしている途中でOculusが繋がっていないことに気づいて,一度そこでstopしsettingを行った。これもある意味失敗であった。そのあとに高品質なデモが流れ,見ていた人たちからは歓声が上がった。Oculusのデモは非常に素晴らしく,VRに行くなら実際に体験してみたいことが詰め込まれている。(僕も初めて体験した時,思わず声を出してしまった。)未知の生物と遭遇したり,ビルの高いところに行ったり,...これらが皆の目を引いてしまって肝心の流鏑馬はあまり印象に映らなかったようである。

 

プレゼンの後,各自のつくったものを体験できるという時間になった。

僕らのところへはかなりの人が体験したいと言いに来てくれた。しかしそれは,流鏑馬ではなくデモを見たいということであった。「ビルのやつがやりたい」「宇宙人と会いたい」...

 

とても悲しかった。

僕が見たかったのは,VRを楽しむ人ではなく,僕が作ったゲームを楽しむ人だったのに。

 

気丈に振舞って,Oculusのゴーグルをかぶる人を横目に頭は真っ白でsettingしていたが心の中では大声を上げて泣いていた。僕が彼らの立場なら,僕も多分同じことを言うだろう。なぜなら,どうみてもデモの方が面白そうであるからである。別に悪意はないのだろう。確かにそう、感情的にはそうであるんだけれど,あれだけ頑張って作ったものが,これっぽっちもプレイしてもらえないというのは本当に心にずしりとくるものがあった。そう思うくらいに,辛くてしょうがなかった。実際に何人かに流鏑馬もプレイしてもらったのだが,Kinectがうまく動かずに弓矢を発射できないというケースもあり,技術的な詰めの甘さと,ほとんど全員が「高品質なVRが見たい」のであり「流鏑馬VRがしたい」わけではないという事実に押し寄せられて家に帰って泣いてしまった。

 

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二日経って,父親と話して少しだけ整理をすることができた。

「頑張ったものが,必ずしも評価されるわけではない」ということ。

「それでも頑張って,必死で今ある力を振り絞って作品を作ることには十分に価値がある」ということである。

僕は天才ではない。おそらく,世の中のクリエイターのような職業は向いていないだろう。そんな才能はない僕がこんなに悔しくてこんなに悲しかったのは,多分必死で作ったからなのであろう。昔からどちらかというと負け体質で,社会に出てもたくさん負け続けるのであろうが,その度にこの経験を思い出していたい。今は必死に勉強をして,良いものを作りたいと。ただそれだけを思う。